大得工務店

パッシブデザインで理想の住まいを実現

1968年9月 大塚昌弘を代表とした大得工務店を設立
1971年 建築業許可を取得
1981年 日本初となる木造の外張り断熱工法(エアサイクル工法)の住宅を建築
2007年9月 大塚美秀(現代表)が大得工務店に加入
2014年9月 設立から47年を迎え、法人として設立大塚美秀が代表取締役に就任
2015年4月 建築業許可を取得
2015年4月 一級建築士事務所で建築士事務所登録

 

1981年日本初の『木造外張り断熱住宅』を施工

当時の時代背景と家づくり
1981年(昭和56年)。
大得工務店(ハンズ&アーキテクトの前身)が初めて外断熱「エアサイクル」に携わった年です。

当時は、まさに住宅の新築ラッシュ。
その理由としては、
・1947年~1949年の“ベビーブーム”に生まれた「団塊の世代」が32歳から34歳を迎えていること。
・第2次ベビーブームの直後だったこと。
などで、現在に比べ家を建てる人がとても多い時代でした。

現在のようにインターネットもありません。
住宅に対する情報も少なく、家を建てる人で構造に興味を持っている人はとても少ない時代です。

ですので、「大工さんにお任せ」という建て方もありました。
工事業者も「お客様からお仕事をいただく」と言うよりも「建ててあげる」という感覚の所が多かったと聞きます。

また、工事業者に「断熱材」という考え方もまだ根付いておらず、施工の方法も職人によって異なっていたため、家によって性能が大きく異なっていることもごく一般的なことでした。グラスウール

一方、暖房が一般的になってきた戦後の日本で1970年代にオイルショックが起こり、省エネルギーの観点から家の「断熱性」が重視され始めました。

それと同時に、従来の木造在来工法に断熱材として「グラスウール」が広く普及し始めました。

日本の住まいは木を使うことから、古くから通気性を考えて造られてきました。

ところが、「グラスウール」は従来の日本の木造工法で重視されていた「壁の中の通気」を損なう危険性があり、 結露現象で建物の寿命を縮めてしまう素材でもありました。

注意:現在では大分改良されていますが、防湿層をしっかり取って丁寧な施工をしなければ壁の中の結露を発生させてしまう素材であることは否定できません。

グラスウール新築新築時はきれいな黄色のグラスウールも・・

グラスウール黒かび湿気を吸って黒カビが生えると真っ黒になってしまいます。

結露とは、例えば冬に窓ガラスに水滴が付いたりしますよね。

結露現象
結露2

この水滴が結露です。

結露現象は、ガラスや壁の表面に発生する表面結露と、壁の中や天井裏、床下など見えない部分で発生する壁体内結露とがあります。
表面結露は、放っておくとカビの発生や内装材のはがれなどの原因になります。

でも本当に怖いのは壁の中の結露である「壁体内結露」。この写真をご覧ください。
壁体内結露
これが壁の中の結露「壁体内結露」です。

壁の中の木が湿気の逃げ場を失うと、中の木や断熱材にカビが生えたり腐ってボロボロになってしまいます。
この壁体内結露は、日本で昔から使われていた「土壁」を使用した家では起こらなかったもので、暖かい家にするため使われ始めた断熱材が原因であることはハッキリしていました。

こちらの写真は壁を解体したところなので中の様子がよくわかりますが、普段の生活では壁の中は見えません。知らないうちに健康を損なう状態を作り上げてしまっています。

1980年には北海道で「ナミダタケ事件」も起こり、改めて振り返ってみると、住宅のあり方を考えなければならない時期に差し掛かっていたと思います。

ナミダタケ事件

IMG_0004-6ce431980 年、北海道で新築3年目の住宅の床下にナミダタケが発生し、床が腐り落ちるという事件が発生しました。
被害は道内に拡がり、マスコミでも大きく取り上げられました。

ナミダタケはノドタケ科の木材腐朽菌。建物の湿った所に繁殖し、白色から暗褐色になります。発育中は水分を含み、涙のように水滴を出すのでこうよばれます。





エアサイクル工法の誕生

「大得工務店創業者・大塚昌弘の想い」

大量生産される日本の気候にマッチしない住宅を見て、大得工務店創業者の大塚昌弘は住む人の健康と建物の寿命について不安を持っていました。

黒かび「家がカビ臭いから見てほしい」

と言われ解体し壁の中を見ると、通気の事を無視して建てた造りのために、新築してからわずか7年間で壁の中にカビが生え真っ黒になっている家も見てきました。見た目は新しくても中身はボロボロで、壁を剥がして断熱材からやり変えなければとても安心して住めるような状態ではありません。このような状況を目の当たりにして、

悩む人「冬の暖房が当たり前になってきた時代で断熱性と通気性を確保し、家の寿命と健康・建物の性能を両立させるにはどうするか?」

「通気を考えて建てられている昔の家の良さを現代の家に持たせる方法はないか?」

「住む人が安心して生活できるようにするためにベストな構造の形はどのようなものか?」

こういったこといつも考えるようになりました。

ただ、今まで通りのやり方をちょっと改良した程度では、通気性と健康を考えた住まいとは到底呼べません。
湿度の高い日本の住宅において、壁の中の結露を発生させないために、小手先ではない徹底した対策が必要でした。

「このままの家づくりではいけない・・・」そんな思いを大きくさせていたとき、大塚昌弘とエアサイクルシステムが出会ったのです。

「日本の気候に合った外張り断熱工法(エアサイクル工法)が誕生」

今でこそ外張り断熱工法の老舗として日本最大の会員工務店を有する規模になったエアサイクルですが、当時はまだ全くの無名。

「外張り断熱」どころか断熱材についての正しい知識を持った工務店ですら少ない状況でした。

そのような中、日本の住宅の健康問題に危機感を感じていた、エアサイクルの母体であるフクビ化学工業株式会社はすでにドイツなどの断熱先進国で取り入れられていた「外張り断熱工法」に注目し、開発が進んでいました。

家全体を断熱材で包み込んでしまう事で温度ムラのない外張り断熱と、日本で古くから用いられてきた土壁の通気性能を融合した新しい断熱工法です。

社内では構想が進み、実際の建物を建築する段階へ進んでいました。

エアサイクルシステムの建物の建築を実現するには地場工務店で今後の日本の家づくりをもっと良くしたいと考えている、技術力のある工務店と、日本の気候と自然の特性をよく理解している設計事務所が必要でした。

そして、フクビ化学工業株式会社の担当者は関東圏や中部圏を中心に走り回り、日本のこれからの家づくりにフクビ化学工業同様に危機感を感じていた静岡県伊東市の建築事務所「こいけ建築設計事務所」の小池氏と、大得工務店創業者の大塚昌弘と出会ったのです。

 

「一緒に日本の住まいを変えましょう」

 

この言葉の元、エアサイクルの建物の建築が進みました。

エアサイクルも今ではスタイルも確立されていますが、当時は外断熱の木造での使用は初めての試みだったため、計画には大変な労力が伴いました。

何しろ、今までは柱の中に入っていた断熱材が柱よりも外に出てくるのですから、その収まりや通気の流れなどを家1軒分シミュレーションしなければなりません。
エアサイクルの考えを形にするため、何度も何度も施工方法を打ち合せました。

その後、当時工事を大得工務店へ工事をご依頼くださっていた浜松市南区寺脇町のS様へ、新しい工法に取り組みたいこと、これからの日本の住宅のこと、エアサイクルの住まいのことをお伝えしました。

そして、エアサイクル工法での施工を快諾いただいたため、工事が開始されました。

 

こうして、日本発の外張り断熱工法である「エアサイクル」の1棟目は大得工務店 創業者の大塚昌弘・フクビ化学工業・こいけ建築設計事務所の力を合わせて誕生しました。

握手 手のみ

 

 
完成したエアサイクル工法

「日本初の『木造の外断熱住宅』」

そして1981(昭和56)年、大得工務店は静岡県浜松市南区寺脇町にエアサイクル工法を使用した、「木造の外断熱住宅」を日本で始めて建築しました。こちらは実際の写真です。

スキャンA420110620_00002 - コピー (2)-001現在エアサイクルの断熱材はダイヤカットと呼ばれるひし形にカットされた通気層を持つ断熱材となっていますが、当時は開発中でのため通気層を持った断熱材が完成していませんでした。

そのため、板状に加工されたポリスチレンフォームという断熱材を使用し、断熱材の各所に空気弁を付けて壁の中に空気を通す構造となっています。

壁の中に常に空気が流れること。
湿度の高い夏や、暖房による結露の起きやすい冬の事を考え壁の中に空気の流れる道を作り、四季の変化がハッキリした日本の気候に合わせて衣替えをする住宅。

これは大塚昌弘が理想とした住宅そのものでした。

細かな仕様や性能は何度も改良されていますが、「自然エネルギーを最大限利用した日本の四季に合わせて衣替えのできる健康的な住まい」の基本的な考え方は変わりありません。
エアサイクル





現在もしっかり残る、日本初の木造外張り断熱住宅
こちらが昭和56年に建築させていただいた外張り断熱の住宅の現在の様子です。

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30年前後で建て替え時期となってしまう住宅が多い日本の住宅事情ですが、構造がまだまだしっかりしているこちらのお住まいは、今もお手入れをしていただいて大事に住んでいただいています。

30年以上経って世代が変わってもリフォームなどのご相談をご依頼いただけているのも、お住まいにご満足頂けている証拠だと思います。

 

日本で初めての木造外張り断熱住宅である住まいにあるエアサイクルの機構の一つである換気ダンパーの操作盤。

今は何度も改良が加えられているので、このタイプはすでに生産終了しましたが、今も残るエアサイクルの歴史です。

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操作盤はこのように廊下に取り付けられていて、壁の中に空気を通す量をこのレバーで調整できる仕組みになっています。

シンプルながら考えられた仕組みですよね。

右の写真のように廊下の壁などに取り付けられており、このような装置がこちらのS様の住まいで5か所あります。

築30年を超えて、だんだんと操作盤の中のワイヤーが効かなくなってきたので、部材を交換させて頂く事になりそうです。
同じ部材はありませんが、似た機能の部材はご用意ができそうです。

光熱費のかからない自然エネルギーを最大限利用し、複雑な設備システムなどを導入しないシンプルな構造のエアサイクル工法は、20年、30年と経って部材の修理・交換が必要になったときも簡単に代替品に交換ができます。
仕組みがシンプルで年数が経ってもメンテナンスが可能なのは大切なポイントです。

新築時に技術的に優れたものでも、10年20年と経てば時代遅れのものになってしまいますし、複雑な造りのものほど故障が多いものです。

家はお手入れしながら長く住むものすから、維持管理のしやすい仕組みはメリットが大きいと思います。

 

ハンズ&アーキテクトでは、創業当時から「長く住める家」「快適な住み心地で健康な家」な構造を持ったエアサイクルの住宅やアイシネン断熱の住宅など、自信を持ってご提案できる家を作り続けています。